不可説不可説転

早く人間になりたーい

諦めることに慣れてしまった君への特効薬 『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』

キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャースは特異なヒーローだ。
なぜなら彼は、初めからヒーローだから。

基本的にヒーローのオリジンとは、器に中身を入れる(見出す)までの物語である。
さらに大別すると、元々持っていた力を自覚することによってヒーローの精神に目覚めるか、偶然備わってしまった力に向き合う形でヒーローの精神に目覚めるかの2パターンになる。具体例でいうと、前者はアイアンマンやソーだし、後者はスパイダーマンやハルクだ。

それならばキャプテン・アメリカはどちらだろうか。

正解はどちらでもない、だ。
彼は基本的なヒーロー誕生譚とは真逆の存在だ。すなわち、元々中身だけがあって器を持たない。心だけが最初からヒーローなのだ。

つまりキャプテン・アメリカの、スティーブ・ロジャースの物語は心の物語であり、精神の在り方であり、向き合う姿勢のことである。

ティーブは何も持たぬ社会的な弱者で、奪われる者だった。
父は第一次世界大戦で戦死し、母は看護師であったが感染症で病死し、若くして天涯孤独の身の上であり、さらに貧乏であるばかりか体も弱く病気がちで、体躯は貧相なものだった。
唯一持っているものと言えば、親友で家族同然の仲であるバッキーだけだ。

そのバッキーも第二次世界大戦勃発で徴兵されてしまった。
誰よりも正義感が強く、戦争を終わらせるために兵士になりたいと志願しても、喘息持ちでガリガリの女より小さい男など誰も相手にしない。ゴロツキに絡まれても殴り返すことすらできない。痛々しくて涙が出てくる。

それでもスティーブは諦めない。出身地を偽装してまで何度でも入隊を志願するし、どれほど殴られても立ち上がり続ける。相手が諦めるまでは絶対に諦めない。

この強い意志が、揺るがぬ決意こそがスティーブをキャプテン・アメリカたらしめているのだ。だからこそ彼の物語は凡人である僕の心をこんなにも打つ。強く訴えかけてくるのだ。
だって大抵の人間の人生なんてものは諦めでできている。そうではないか?少なくとも僕はそうだ。

先に白状してしまうと、わたくし前中はキャプテン・アメリカを心底尊敬しているから、これを書いているときも冷静ではない。もう何十回も観ている作品だが、観るたびに泣いているほどである。だからここで言ってしまう。
絶対面白いからとにかく観てくれ!!!

1940年代のレトロ×SFな世界観

本作を観始めて最初に目を引くのは、その世界観だ。

すでにMCUは、アイアンマンなどの最先端テクノロジーをゴリゴリ推したかっこいい世界観を提示ししてしまっているので、5作目にしていきなり舞台が第二次世界大戦になるのはなかなかのハードルだと思う。が、その点を逆手にとって見事に活かしている。
登場する兵器がいちいち格好いいのだ。

未来的で無機質なデザインが溢れかえっている現代では、むしろレトロなデザインが真新しく見える。しかも当時のデザインをそのまま流用するのではなく、ちゃんと驚けるような新しさを組み合わせているのだ。

特にヒドラの兵器のデザインが凄く良くて、ドイツ的なブリキ感というか、なんかゴッツイ感じでありながら独特のカーブを持ったフォルムがクールだ。これが何とも言えない迫力を持っていて、相手の方がアメリカよりも技術力を持っているという絶望感を絵的に体現しているのは実に見事だ。

正統派アクション

それからキャプテン・アメリカの良さは何と言っても、肉体的な説得力を伴ったアクションにある。MCUで最も白兵戦が得意なヒーローとして、素晴らしい存在感を示しているのだ。

円形の盾で戦うなんて初めて聞いた時は正気かと思ったが、軌道を完全に把握したトリッキーな投擲技は素晴らしく、さらに画が良いだけでなく、瞬時に計算するスティーブの能力の高さまで裏付けているのだから凄い。

またバッキーから教わったボクシングをベースにした格闘技はスピードとパワーを兼ね備えており、無類の美しさと格好良さを持っていて、さらにそこにスティーブ演じるクリス・エヴァンスの圧倒的運動能力が加わって、さながら舞踊のような華があるのだ。
この人、学生時代は演劇をやっていてミュージカルが大好きだからダンスはお手の物。この素質が走る姿ひとつですら唯一無二の芸術的なシルエットに仕立てている。

まさに必見だ!

 

変わらぬ友情、新しいパートナー

ティーブは高潔な男だが、その境遇を考えるとどうしてここまで真っすぐでいられるのかが分からない。その鍵を解く存在がバッキー・バーンズだ。

バッキーはスティーブとはまるで正反対で、裕福な家庭の育ちで体格に恵まれており、ウェルター級(ボクシングの花形階級だぞ!)の元チャンピオンという、モテモテの男である。
これだけ聞くとキザな感じがするが、スティーブの事を心から尊敬していて、いつも冗談ばっかり言いつつも真面目に心配する様子には深い愛情を感じられる。
あと、見る影もないムキムキマッチョに進化した親友ティーを一目見ただけなのに、なんでそんな一瞬で受け入れられるんだバッキー。親友力高すぎ。

バッキーにとってスティーブは、どんな姿になろうとも勇気しか持たないもやし野郎なのだ。そしてスティーブが何者であるかを見失わなかったのは、自分を信じてくれるバッキーがいたからに違いない。

本当のスティーブの姿を知る人がもうひとりいる。
ペギー・カーターだ。

彼女は言わばスティーブと鏡合わせの存在である。時代が時代だから、女性は軽んじられている。そんな世界にあって、意志の力のみを原動力に軍人として戦い続けている人だ。
その姿はまるで、超人兵士にならなかったIFの世界のスティーブのようである。

ふたりは強い意志によって結ばれた盟友で、ペギーはスティーブの導き手だ。
それを象徴するかのように、スティーブのコンパスには彼女の写真が入れられている。

徴兵され捕虜となったバッキーを救いたいという思いと、意志の力を信じるペギーの後押しが、キャプテン・アメリカというヒーローをこの世に生み出す。

このスケールの小ささがとても良い。
これこそが、キャプテン・アメリカの精神そのものなのだから。



※ここからネタバレ入ります

 

ザ・ファースト・アベンジャー

キャプテン・アメリカというゴテゴテのネーミングと、金髪碧眼ムキムキマッチョという脳筋感、星条旗を模したユニフォームから、単純なアメリカ礼賛戦意高揚プロパガンダマスコットというイメージをなんとなく持っている方もそれなりにいるだろう。(観終わったらそう見えなくなるが)

これは完全な誤解である。
そもそもキャプテン・アメリカとは、第二次世界大戦当時中立をきめこむアメリカに対して、ユダヤアメリカ人のクリエイターが正義の鉄槌を体現するものとして創出したヒーローだからだ。

同胞を痛めつけるナチに対して正義の使者による報復を望み、そこに自由の国アメリカの精神を重ねる形で誕生したのがキャプテン・アメリカである。
だから本作の副題は「ザ・ファースト・アベンジャー:最初の報復する者」なのだ。

そしてもうひとつ意味がある。
アベンジャーとは、立ち上がる者のことでもあるのだ。

ティーブはどんなことがあっても立ち上がり続ける。
そしてそれが物事を少しずつ良い方向へ導いていくのだ。

ゴロツキに殴られても何度でも立ち上がったことがバッキーとの友情を生んだし、何度志願して落とされても立ち上がり続けたからこそアースキン博士と出会い、スーパーパワーを手に入れた。兵士ではなく軍隊が欲しかったと無用の長物と見做され戦時国債販売のマスコットになった時も、捕虜にされた人々を救いたい一心から立ち上がり、ひとりで敵に立ち向かった。その結果、キャプテン・アメリカは生まれたのだ。
このマスコットからヒーローへの流れをコスチュームで表現するのが非常に上手い。

立ち上がる勇気さえ持てば、なにかを変えることだってできる。
もちろん、恐怖を打ち破り自由を手に入れる事だって。

明日への不安と恐怖によって自由を放棄し、支配されることを受け入れたナチズムに対する盛大なカウンターだ。

 

キャプテン・アメリカの精神

「完璧でなくても善良な君のままで」
本作のテーマは、アースキン博士のこの言葉に集約されると思う。

大切なのは心なのだ。
完璧だとか完全だとか、そんなものは関係ない。

これは放たれた手榴弾に身を投げ出し、人々を守ろうとするスティーブの姿に象徴される。
ティーブは弱い自分にできることは限られていると知っていて、それと向き合っている。我が身を盾に、自分を犠牲にしなければ誰も守れないという現実を理解しており、覚悟を決めている。誰かが危険に晒されたら守ろうと決意しているのだ。たとえ目を固く瞑り体を震わせても。だから迷わなかった。

この愚直なまでの強い意志が、勇気が、善良さがキャプテン・アメリカの精神であり、この精神があるからこそ、現代に蘇る意味があるのだ。

現代は何においてもすべてがより複雑になっており、属性ひとつを取り上げて論ずることはできない。悪においても正義においても。難しい時代に我々は生きていて、道に迷う事の方が最早あたりまえだ。

そんな中、スティーブの生き方は驚くほど単純だ。
攻撃をしてきたら倒す。そうでないなら守る。その中心にあるものは「信じる事」だ。

そう。彼は信じている。
どんなに困難な状況にあっても、人々は立ち向かえるはずだと信じている。
自分のためだけでなく、誰かのためにも行動できるはずだと信じている。
人々は自分の手で、自分たちの進むべき道を選び取ることができるはずだと信じている。

何度間違えても、どれほど弱くても、愚かであっても。

信じる事が疑う事よりいかに難しいかを、我々は身をもって体験している。
強い力に屈する事の方がどれほど簡単かを知っている。

最後は、やっと巡り合えた”本当のパートナー”との未来も温かな家族を持つ夢も奪われて氷の海に沈んでいく。何度立ち上がっても世界はスティーブから奪っていく。
そして70年後の変わり果てた未来の世界でただ独り目覚めてしまった。
なんて残酷なんだろう。

それでもスティーブは絶対に諦めない。
諦めないのだ。
信じることを。立ち上がる事を。

見知らぬ世界であったとしても。

だからキャプテン・アメリカの物語には価値がある。

 

 

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