不可説不可説転

早く人間になりたーい

全能感を失ったときヒーローになる はじまりの物語『アイアンマン』

アイアンマンことトニー・スタークは完璧超人だ。

父は著名な科学者・発明家・起業家でスタークインダストリーズという巨大軍事企業を一代で築き上げた天才ハワード・スターク。

 

その財産と才能を大いに引き継いだトニーは、最も成功した天才として君臨することを約束されているような男だ。そしてその通りに彼は、燦然と輝く成功という名の体現者として生きている。自分が開発する武器はアメリカの、さらには世界の秩序に貢献しているし、愛国者として大勢から尊敬され、羨望のまなざしを欲しいがままにしている。そんなだから自信過剰でナルシストで気まぐれでわがまま。仕事の用事にすら平気で遅刻する。
しかも嫌味なことに顔がやたらめったら良く、超絶プレイボーイで有名雑誌のカバーを飾るほどの美人モデル達を1年間にわたり11号分喰ってたりする。

 

こんなやつがなんでヒーロー?

 

そのうえ原作のアメコミは当時、一般人の間ではあまり知られていなかったし世界的に見たらまったくの無名と言っていい状態。主人公トニー役に抜擢された俳優は、薬物問題で何度も逮捕され世間から白眼視されていた「汚れ」イメージの強いロバート・ダウニー・Jr。監督にしたって当時はほとんどキャリアが無かったジョン・ファヴローだ。

 

こんなもの誰が観る?

 

しかし世界中の人々がこの映画に熱狂した。

あとは知っての通り、マーベル・シネマティック・ユニバース(略してMCU、アメコミ出版社マーベルコミックの映画化プロジェクトの名だ)はヒーロー大集合お祭り映画「アベンジャーズ」を大成功させ、一躍マーベルコミックのヒーローたちをスターダムに押し上げてエンターテイメントの一大ブランドを築き上げた。

 

なにが多くの人々の心をつかんだのか。

メカの数々が最高

まずはとにかくメカが最高!である。

 

トニーの自宅は超ハイテクなラボでもあり、そこに並ぶ開発用の機器がとにかくかっこいい。メカ特有の無骨感を残しつつも近未来的なデザインにまとめられていて最高にクール。しかもトニー自ら開発した超優秀な人工知能J.A.R.V.I.S.(ジャービス)」が執事代わりに身の回りの世話から開発のお手伝い、話し相手までなんでもこなしてくれる。ボンクラオタクの夢、ここに極まれり。

 

開発のお手伝いをしてくれるロボットアームも2台いて、それぞれ個性的。いちいち不器用なところが逆に愛らしいダミーと、優秀だけどたまに失敗しちゃうユーがいて、トニーはふたつをちゃんと見分けて話しかけている。自分の作ったものに対する愛情も窺えてすごくいい。
こんな感じで最高のラボでノリノリになってアイアンマンのパワードスーツを作るトニーがとにかく楽しそうで最高なのだ。おっさんなのにびっくりするくらい目が輝いてる。作って試して失敗しても「次はこう!」とリトライするし、上手くいけば「自分って天才!」とすごく嬉しそう。このシーンはコメディ演出も際立ってるしテンポもよくて、アイアンマンにおけるハイライトのひとつであることは間違いない。 

 

そして何よりも重要なのが、アイアンマンというヒーローのアイデンティティがまさしく「メカニック」である事なのだ。これまでのヒーローには珍しく、彼は自分で作って自分で戦う。(魅力的なガジェットを使うヒーローといえばバットマンが有名だけど、彼は自分では作らない。)
ただの人間であるトニーは、この点があるため誰かに頼らずとも戦う事ができる。つまり戦うことを決意した日からヒーローになれる男なのである。すべては心の在り方次第。

 

映画公開後、爆発的に人気が上がりスパイダーマンと肩を並べるほどのヒーローになったのは、この部分が魅力的だったというのも大きな要因だと思う。

アクションシーンがかっこいい

もちろん、ヒーロー映画として重要なアクションシーンもかっこいい。

 

そもそも見た目からしてかっこいいパワードスーツを、最大限に活かすための工夫が随所に見られる。ド派手が主流の当時からすると珍しいくらいカメラワークがおとなしいのだが、これが大正解で、かえってスーツが見やすく今どんな状態でどんな技を使ったのかが良くわかる。画面の中をカッコよく動き回る姿を堪能できるのだ。

 

金属製のスーツらしく、機械音と金属音が響くのもいい。
変身(?)シーンでもロボットを使ってスーツを着るのだが、ここもメカメカしくて最高である。メカ萌えオタクは絶対好きなやつ。 

人物描写が魅力的

忘れてはいけないのが、本筋を支える他のキャラクターたちとの掛け合いである。アイアンマンは少ないシーンでもキャラクターの個性が最大限発揮されるよう、ちょっとしたセリフの言い回しや応答が工夫されている。

 

自宅から空港まで向かうのだって一見なんでもないシーンなのに、ハッピーというボディーガードとの短い会話から、どうやらどっちが先に到着できるか競争をしていたことがうかがえる。そこからハッピーと仲が良いことや、ボディーガードと競争するトニーの少し子供っぽい側面と立場の上下を気にしないおおらかさを想像させるのだ。

 

また、秘書のペッパー・ポッツとのつかず離れずの関係がものすごくキュートなのである。
トニーはめちゃくちゃプレイボーイでしょっちゅう遊んでいるどうしようもないやつだが、実は本気の恋には奥手というのがふたりのやり取りから見えてくる。キスシーンなるか!?という場面でまさかの完全受け身なトニーがなんだかおかしい。
そういうところがあるからなんだか憎めないのだ。

※ここからネタバレ入ります

アイアンマンのオリジン

大抵のヒーローは力を手にして初めて目覚めるが、その点アイアンマンは正反対と言える。
彼は初めから力を持っていて、しかしそれに気づいていない男である。いや、もっと言うと彼は実は最初からヒーロー気取りなのである。強力な武器を次々に生み出して世界の平和に貢献できていると本気で思っている。
テロリストに拉致され自分の作った武器が悪用されていると気づくその時まで、彼の世界の中ではおそらく自分は完璧な存在だったのだろう。だからこそテロリストの基地で見かけた、自社のロゴが印字された大量の武器を見てあれほどまでに狼狽えたのだ。

 

彼は重要な部分を見落としていた。
それは武器が例えどれほど強力であっても、正しく使われることがなければなんの意味もない、むしろ存在しない方がよい代物だということを。

 

これまでの自分の在り方全てを否定するほどの現実を目の当たりにして、自分は正義の味方でも何でもないことを思い知らされるのである。自分の財も才能も武器も、手の届く範囲を超えた制御不能の不条理なシステムの一部にとっくに組み込まれているのだ。強烈に突きつけられる無力感。世界は自分が思っていたような姿ではなかったのである。おそらく今作のヴィラン、オバディア・ステインはその部分を体現した存在なのだろう。
こうしてトニー・スタークは全能感を失う。

 

この時、彼は初めて自分の道を見つける。
背負った大きな責任を果たさなければならないことを悟るのだ。

背景に存在するイラク戦争

今作を語るうえでもう一つ重要なのが、当時まだ続いていたイラク戦争である。
アメコミと政治は切っても切れない関係であるからして、無視するわけにはいかない。

 

イラク戦争といえば、当時はさまざまな利害やテロもあって正義の戦いだと信じられていた。しかし蓋を開けてみれば最大の開戦理由であった兵器の大量保有も無かったのだ。
結局いろいろな大義名分を持ち出したは良いものの、さらに事態が悪化したこと以上のなにものでもなかったのである。

 

トニーも最初は自分が正義の人だと信じて疑わなかった。しかし真実はそうでなかったということは前述のとおりである。

 

ここから先に待っているものは疑心暗鬼と、力を手に入れれば入れるだけそれに対抗しようとさらに力を手に入れようとする勢力との血を血で洗うような泥沼の戦いである。

 

戦えば戦うほど深みに嵌っていく底なし沼。

 

多くのジレンマを抱えてトニーは戦うことになっていく。

 

しかし重要なのはまさしくこの点なのだ。
ジレンマを抱えることは苦しいことだが、本当に正しいこととはなにかを真剣に考えることに繋がるものでもある。
トニー・スタークは自身の責任に気づき戦うことを決意したからこそヒーローになったのではなく、たとえ苦しくても何度も悩みながら現実に立ち向かうことを選んだからこそヒーローになったのだ。ヒーローの要件は強さではない。

 

そしてこの在り方こそがアベンジャーズを突き動かす大きな原動力のひとつになっていく。

 

まさしく「始まり」に相応しいヒーロー誕生譚である。

 

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MCU2作目(前作)


アイアンマン2作目(シリーズ次作)