不可説不可説転

早く人間になりたーい

自分が何者であるかを知りたいのならば外に目を向けよ。『マイティ・ソー』

九つの世界の頂点に君臨する神の国アスガルドの王子、高潔な魂を持った者にしか持てない最強のハンマー「ムジョルニア」に選ばれた次期国王、最強の戦士、雷神。

それがもし、何者でもなくなったら…?

肩書が付きすぎて属性の闇鍋状態である本作の主人公、ソー・オーディンソンは、その傲慢さから巨人の住む星ヨトゥンヘイムと戦争を起こしかける。それで父王の怒りに触れ、王位を継承するはずが力とムジョルニアを奪われて地球に落とされる。

大筋は王道だし、よくあるヒーロー譚のプロットだ。

ところがどっこい。
神話×SF×シェイクスピア×ヒーローの不思議な科学作用が空前の爆発力を生み出し、本作を唯一無二の完成度に押し上げている。
荒唐無稽な設定であるうえに、トンカチを振り回すカミサマだなんてどうしたらカッコよくなるのかも分からないが、シェイクスピア映画の名手ケネス・ブラナーを監督に起用することによって古典の品格を取り込むことに成功し、最高にカッコいいヒーロー映画に仕上がっているのだ!

しかもだ。本作の最大の魅力は個性的なキャラクター達にあるのだが、そこをブラナーの演劇的な演出手腕で強化している。
単体でも魅力的なキャラクター達が、複雑に関係し合う濃厚な人間ドラマを織り成す様は必見だ。

ビジュアル以上に分厚い「人間描写」に、ぜひ注目していただきたい。

 

美術とアクションの妙

本題に入る前に見た目の話をしたい。
神話にふさわしい、古めかしい美術や衣装も見どころだからだ。

基本的にはギャグが多くボケ属性のキャラが多い本作だが、それらが過剰になったり荒唐無稽な設定が出過ぎないように、画づくりは徹底して硬派なものになっている。
全てのシーンが中世の宗教画的な構図で切り取られており、クラシックな雰囲気を湛えていてカッコいいのだ。

で、カッコいい画づくりを徹底すればするほど、アスガルド勢が現代地球にやって来たときの仮装パーティー感が際立っていて、一粒で二度おいしい。

それからアクション。
北欧と言えばバイキング。ソーの戦闘スタイルはそのイメージにぴったりな荒々しく力強いもので、洗礼された動きを売りにする事が多い他のアクションものとは一味違う個性を持っているが、下手したら野蛮な印象になりかねない。
そこを古典的エッセンスのある画が支える事によって、荒々しさが神々しさに昇華されている点は実に見事だ。
王族の証たる鮮烈な赤のマントも非常に美しく映えている。

アベンジャーズで他のヒーロー達と合流する前提があるからこそ、その魅力を最大限に引き出すことに余念がないMCU作品のアクション水準は非常に高い。

個性豊かなキャラクター

まずソー自身が魅力的である点に異論は無いだろう。
何者でもなくなるという状況にも関わらず、圧倒的に陽気でチャーミングな男だ。カメラを向けられれば歯を見せてニコっ!と笑うし、カルチャーショックな事件が起きて諫められたらすぐに受け入れる素直さがある。この裏表の無い真っすぐな性格が人々から愛される秘訣なのだろう。自信過剰で不遜な男だが驚くほど嫌味がない。

それからアスガルドのソーの仲間たちだ。

北欧神話をベースにしているのでオタク大喜びのビジュアルだし、それぞれが違った個性を持っていて、そのアンサンブルが最高だ。
ソーと一緒に幼い頃から大暴れしてきたウォーリアーズ・スリーは、軟派な騎士・豪放な巨漢・クールな戦士と王道の布陣を備え、彼らと共に戦う女戦士シフは女傑然としているが、実はソーに対して甘酸っぱい想いを胸に秘めているという、驚きの手厚さである。いつも突飛で無茶苦茶なソーをなだめるフリしてノリノリで付いていく感じは、悪友好きのわたくし前中にはたまらないものがある。

他に9つの世界を繋ぐ虹の橋ビフレストを守る番人ヘイムダルもいる。黄金の目で9つの世界すべてを見渡せるとか厨二の憧れドストレートで慄くし、真面目に見えてソーには甘かったりする人間臭さが良いのだ。

また、ソーの弟、いたずらの神ロキもいい味を出している。
ソーに似ず、戦う事はできるが基本的には頭脳派で若干ヘタレ気味、眉はハの字でどこか弱っちそうな雰囲気が漂っている。が、さすがはソーの弟。野心はしっかりもっているし、彼もなんだかんだ兄が戦いに行くのに嬉々としてついていく。その反面、強烈な個性とカリスマを持っている兄に対して並々ならぬコンプレックスを抱えており、その繊細さが素晴らしいスパイスになっている。本作の面白さの半分はロキが担っているといっても過言ではない。

こんな感じで前半部分は、王道少年漫画みたいな冒険活劇的楽しさがあってとってもワクワクする。

で、ミッドガルド(地球)に落とされてから出会う人間たちもまたいちいち濃くて良い。
ヒロインのジェーンは天文のことで頭がいっぱいだし、政府機関に研究成果を没収された時も猛抗議するなどのガッツを見せるのは、強い女好きのわたくし前中にとってポイントが高い。(ナタリー・ポートマンだから弩級の可愛さだし)

ジェーンの助手をやっているダーシーも、安いお金で雇われているとぼやく割にジェーンと一緒に居るのが楽しそうだし、研究のために砂嵐に突っ込もうとするクレイジーなジェーンにキレて速攻で逃げようとしたりするツッコミ担当要素もあって良い感じだ。あとムジョルニアと言えなくてずっとムニョムニョって呼んでるのがかわいくてほっこりする。

それからジェーンの保護者で指導者のセルヴィグ博士の頑固オヤジ感も好きだ。
亡くなったジェーンの父の友であったこともあり、彼女に向ける目線は優しく、どこの馬の骨ともしれないソーをあからさまに敵視して強いお酒をふっかけて潰そうとしたりするところとかめっちゃいい。(ちなみに飲み比べはもちろん負けた)
しかもこれをきっかけにソーと打ち解けちゃってなんだかんだ巻き込まれるところもポイント高い。

ソーの成長は、力が無くても立ち向かったり困っている人を放ってはおけない彼らとの交流によるところが大きい。

そう。王とはなにも、力を持っている存在のことではないし、王は初めから王であるというわけでないのだ。



※ここからネタバレ入ります



光と影、ソーとロキ

ソーは初めから「持つ者」であり、反対にロキは「持たざる者」である。

だからソーは自分の持っているものを当たり前だと思っている。
王座も力もムジョルニアも民からの信頼も仲間たちも。
でも本当は違う。ましてこれらの要素がソー自身を体現するものでもない。

この事実にようやく気が付くのは、物語の終盤でムジョルニアを持ち上げることができなくなったときだ。
王の資格も神の力もなく、自身を支えてきたアスガルド人としての誇りも奪われて、自分自身がいかに空っぽで空虚なものかを思い知る。

反対に持たざる者としてコンプレックスに傷ついているロキの方が、その事実に気が付いているとはなんという皮肉だろう。しかも自分が捨て子であったという事を知り、家族や故郷すら持っていない事をまざまざと思い知らされたのだ。
自分を見てほしい、受け入れてほしい、対等な立場になりたい。悲痛な叫びに胸が苦しくなる。ロキが王座を求めるのは、本当は王になりたいからではないのだ。

だからこそロキは知っている。王とは、王という意識を以てして「なる」ものなのだと。

でもソーはやっぱり気が付かない。
ロキの叫びの意味が理解できないのだ。恵まれ過ぎているから。

では、本作でソーが見出したものとはなんだろうか。

 

世界の広さに気が付くこと

ソーは9つの世界を見渡せる立場にいるにも関わらず、その視野が酷く狭いことに驚かされる。

彼の中心にあるのは常にアスガルドのみであり、他の世界に対してあまり注意を払っていない様子は最初の無責任な侵攻からも見て取れる。
アスガルドの力を見せつけることにしか興味がないし、それがすべてなのだ。

だがジェーンはどうだろう。
限られた範囲の宇宙しか見れず寿命も短い地球人でありながら、いや、だからこそだろう。その心はもっとずっと遠くを見つめている。好奇心と憧れを原動力に。

世界の成り立ちや9つの世界のことをジェーンに教えるのはソーだが、世界の広さや豊かさを教えたのは間違いなくジェーンの方だろう。
彼女の態度がソーの目を開かせたのだ。だってあんなにベタ惚れだし!

また、他のお人好しな地球人に助けられたことから、ソーはようやく外の世界に住む人たちに注意を向け始める。
そこにはアスガルド同様、日々を生きている人々がいるのだ。

誰かが今日も生きている世界への愛を知って、「守る人」としてのアイデンティティに目覚めるのが面白い。治める王ではなく、守護者になることを決めるのだ。

だから最後は、少なくともロキの傷ついた心に寄り添おうとする態度を示し、自分を盾にするという自己犠牲の精神を見せる。
ここまで丁寧に積み上げてきたからこそ、ムジョルニアを再び手にする姿のカタルシスは一級品だ。

この成長がアベンジャーズに繋がるのは上手いとしか言いようがない。
これまでの傲慢だったソーであれば、地球人のために戦ってくれたりなんかしなかっただろう。

ロキとの関係も含めて、ソーの成長に注目してほしい。

 

 

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